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    カテゴリ: コラム



    (出典 1.bp.blogspot.com)



    1 孤高の旅人 ★ :2020/01/03(金) 11:03:01.10

    一億総引きこもり!? 最大9連休の年末年始は既婚・未婚問わず、6割は自宅でゴロゴロ予定!
    1/3(金) 8:08配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200103-00010000-suitsw-life

    皆さま、年始のお休みは満喫できていますか。今年のカレンダーでは土日休みを合わせると、最大で9連休という人も多いのではないでしょうか?ちなみに2019年のゴールデンウィーク時は改元にともなう10連休がありましたが、国内外の旅行需要やレジャーなどにより、経済効果は約2兆円といわれました。そう考えると9連休も盛り上がるのでしょうか?

    しかし、総合電子書籍ストア「BookLive!」が行なった調査によると、その結果は予想外なものになりました。

    お正月に外に出る用事は初詣のみ!?
    同調査によると、年末年始の過ごし方として既婚・未婚問わず圧倒的に多いのは「自宅」で60.8%。それに続くのは「里帰り」(22.5%)となっており、唯一レジャー感のある「旅行(国内)」はわずかに2.9%しかいませんでした。

    では自宅や里帰り先で具体的に、どのように過ごしているケースが多いのでしょうか?同調査では男女別にアンケートを行なったところ、結果は次の通りとなりました。

    ・年末年始の過ごしかた(男性)
    1位 初詣……45.4%
    2位 家族や親せきと食事……42.9%
    3位 テレビを観る……40.0%
    4位 読書(マンガ)……38.5%
    5位 読書(小説・ビジネス書・実用書)……18.3%
    6位 年賀状を書く……13.8%
    7位 友人と集まる……12.4%
    8位 アルバイトや仕事……11.3%
    9位 福袋を買う、初売りに行く……11.2%
    10位 年始のあいさつ回り……18.1%

    ・年末年始の過ごしかた(女性)
    1位 テレビを観る……57.8%
    2位 家族や親せきと食事……56.5%
    3位 初詣……51.8%
    4位 読書(マンガ)……32.4%
    5位 年賀状を書く……21.2%
    6位 SNSやLINE……17.8%
    7位 読書(小説・ビジネス書・実用書)……16.7%
    8位 福袋を買う、初売りに行く……15.8%
    9位 アルバイトや仕事……14.3%
    10位 年始のあいさつ回り……12.3%

    男性のトップは「初詣」ですが、女性は「テレビを観る」がトップ。女性のほうが家でのゴロゴロ率は高そうな結果となりました。一方で「友人と集まる」「福袋を買う、初売りに行く」「年始のあいさつ回り」といった初詣以外の外出は、男女ともに少数派。最近の日本人の年末年始は初詣以外、外に出ない傾向にあるようです。

    以下はソース元で


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    (出典 img.topics.smt.news.goo.ne.jp)



    1 首都圏の虎 ★ :2020/01/01(水) 14:29:29.09

    ■いざこざの原因は、住人の均質性

    タワーマンションを舞台にしたドラマ『砂の塔~知りすぎた隣人』の脚本を執筆した際、実際に住んでいる方に、いろいろと取材をしました。

    高級ホテルのようなエントランスにはコンシェルジェが常駐し、セキュリティーも万全、ジムやバー、スパなどの施設も備えたタワマンは、まさに成功者の集う夢の世界。でも、住む方々に話をうかがうと、人間関係に苦しんでいる人が少なくないようです。


    下層階の人から上層階に住む人への「嫉妬」も、あると思いました。上にいくほど眺めがよく、その分価格が高いこともみんなわかっています。そうすると子ども同士のつきあいでも、上の子が下の子に対して偉そうな態度をとるというようなことが起こります。


    (出典 image.news.livedoor.com)


    ドラマの中に「ウチは主人が高所恐怖症で仕方なく2階に住んでいるの」と聞かれてもいないのに強調する住人が出てきますが、あれは実際にある話です。「上層階が買えなかったわけじゃない」と言いたいのでしょう。でも上の方からは劣等感の裏返しだと、失笑を買っています。

    中下層階同士でも、隣はうちより日当たりがいいとか、あそこは同じフロアなのにうちよりいい車に乗っているとか、嫉妬の種はいくらでもあります。そして、やっかいなことに、いったん標的にされると、子どもが誕生会に呼ばれない、タバコの吸い殻をうっかりそのままにしたら写真を撮られて掲示板に貼られる、などの嫌がらせが起きます。全戸に配布される広報紙に掲載されることを狙って、「子どもの声がうるさい」「洗濯物がベランダからはみ出している」といった無記名の投書が寄せられたりします。

    いざこざの原因は、タワマン住人の均質性にあると思います。世帯主は押しなべて高学歴、高収入、それなりの企業に勤めていて、地方出身。住まいの間取りも一緒。そういう共通項の多い人たちが同一の空間で生活を営んでいるため、ほんのわずかな差が気になって、嫉妬が生まれるのです。都内の一等地で皇后として暮らす雅子さまには、誰も嫉妬なんてしないですよね。

    ■ほどほどの距離感の近所づきあいが大切

    その中で、心安らかに暮らすには、どうしたらいいか。とにかく、目立ちすぎないこと。かといって「人づきあいが悪い」と孤立しないようにしていかなければなりません。そのためには、ほどほどの距離感の近所づきあいが大切だと思います。

    例えば、ママ友のLINE仲間には入るけれど、ランチ会は4回に1回は理由をつけて欠席するとか。その代わり、その日は一日中部屋に引きこもりです。絶対にさぼったのがバレてはいけません。

    それでも仲間はずれにされたときは、どうするか? ドラマの中でも書きましたけれど、お父さん、お母さんが胸を張って元気に生きていけば、それでいいじゃないかと。誕生会に呼ばれなくても、ランチ会に誘われなくても、そんなサークルには無理矢理入らなくてもいい。ほかのサークルに入ればいいと思うんです。

    それなりにコミュニケーション能力が高い人にとっては、タワマンは最高に快適な住空間だといえます。もっとも、私のようにメンタルに自信がない人には、あまり向いていないかもしれませんが。

    【対策】ランチ会は4回に1回は欠席する

    2020年1月1日 11時15分
    プレジデントオンライン
    https://news.livedoor.com/article/detail/17607688/


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    (出典 logo-sozai.com)



    1 首都圏の虎 ★ :2020/01/01(水) 15:39:21.06

    偽装請負騒動の「渦中の人」へ

     リーマン・ショック後に日本企業が「派遣切りラッシュ」へと一斉に走り、派遣切りされた労働者たちが年末、日比谷公園の年越し派遣村に集ったのはいまから約10年前のことである。

     今年、46歳となる岡田正雄(仮名)はいま、機械関係の仕事をしている。当時もそうだったように、いまも非正規社員である。

     岡田はあのころ、パナソニックのプラズマ・ディスプレイ工場の作業を請け負う会社からパナソニックに送り込まれて、仕事をしていた。ちょうど世間が「偽装請負」騒動で揺れた時期。岡田もその渦中に巻き込まれた。

     きっかけはある日、パナソニックの統括班長から「悪いようにはしないので、別の請負会社に移籍してほしい」と言われたことだった。岡田が実態を調べてみると、いま所属している請負会社の時給は1350円だったのに対し、移籍先の時給は1100円。統括班長の言葉に反し、時給が減額されることが分かった。

     労組の支えを得られない非正規労働者にとってこれを拒否することは、仕事を失うことに等しかった。しかし黙って受け入れると、あまりにも自分たちの立場を貶めることになる。

     ついに岡田は労働法が専門の弁護士に相談した。しかし、これが彼の人生を大きく変えることになってしまう。

     「当時は懇意にしていた班長にウソをつかれたことが一番、ショックだった。僕の働き方が違法であることも明らかでした。そこで弁護士と相談の上、05年5月に大阪労働局に告発したんです」
    .

    刻まれた深い傷

     大阪労働局からパナソニックに是正指導があったのは、それから約2ヵ月後のことだった。パナソニックは偽造請負の違法状態を是正し、岡田は8月に晴れてパナソニックと直接雇用契約を結んだ。

     ところが、その際にパナソニックが用意したのが隔離されたテントをおいた作業場であり、岡田はそこで製造過程でミスのあったプラズマ・ディスプレイに薄く張られたシートを竹串などを使ってひたすら剥がすという途方もない仕事を課せられたのだ。

     「まぎれもない報復行為だった。それはつまり『早くやめろ』という意思表示の何物でもなかった」

     人の尊厳を奪うやり方は、いまでも岡田の心に大きな傷を残している。岡田は出会った当初から、この当時の話を始めると、天をぎょろりと見上げ、唇を震わせながら話をする。それはいまでも変わらない。

     当時の記憶を、鮮明な映像として脳裏によみがえらせようとしているのだろう。この岡田の怒りが、その後の彼の人生に大きな影響を与えたことは、想像に難くない。

     それでも当時の岡田は、意味のない作業を黙々と続けたという。

     「一日、一枚シートをはがすのがやっとでした。一枚できると班長にディスプレイを持っていった。一枚目を持っていったとき、班長は『こいつ、本当にやってるのか』という困惑の表情を浮かべていました。そして『次のパネルをはがせ』と僕に指示を出してきた。

     全員が参加する朝会の出席は認められないし、社内報も僕だけ見せてもらえない。社員や他の非正規労働者とすれ違っても、もう誰も僕に声をかける人はいない。

     ある日、僕が掲示板を見ていると、後ろから手が伸びてきて、その掲示板は裏返されました。相手は日本の大企業ですよ。こんないじめ、想像できますか。たぶん刑務所に入るよりもひどかったと思う」

    派遣切りの末に

     それでもひたすらパネルをはがし続けた。なぜ彼は辞めなかったのか。

     「確かにそうですね。でもパナソニックと僕の直接雇用契約にはわずか5ヵ月という期限が設けられていた。つまりいくら頑張ってもあと5ヵ月で、どのみち僕は契約満了でクビになることが決まっていたのです。

     僕は違法な働き方を是正するように、労働局に訴えただけです。制度にのっとって『法律を守ろう』と言うと犯罪者よりもひどい制裁を受けるのが、この国の姿だった。

     でもね。ここまで酷い仕打ちを受けると、やり返したくなるのが人間でしょ。あのころの僕は、闘争心しかありませんでした」

    全文はソース元で
    1/1(水) 9:01配信
    現代ビジネス
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200101-00069547-gendaibiz-bus_all&p=2

    ★1 2020/01/01(水) 10:37:00.83
    前スレ
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1577842620/


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    (出典 www.sent-works.jp)



    1 首都圏の虎 ★ :2020/01/01(水) 16:08:52.86

    仕事のやりがいを給与だけに求めてはいけないが、あまりに給与が少なければ、情熱を失っても責められない。現在都内で塾講師をする40代男性のNさんは、30代の時に“ある事実”を知ったことをきっかけに、マジメに働く意欲を喪失。結婚などさらさら考えず、貯金も一切しない刹那的な生き方を貫くようになった。浪人も留年もせず、22歳で一流大学を卒業した彼に、いったい何が起きたのか?
    .

     Nさんは東京の下町生まれ。両親の学歴は平凡で、教育熱心でもなかったが、ふとしたことで人生のレールは思わぬ方向に進む。Nさんが小学生時代を振り返る。
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    「小学5年生の時、一番仲の良かった子から、『塾に通わなくちゃいけないから、もう遊べない』と言われました。彼とは毎日のように遊んでいたので、親に『ボクも○○君と同じ塾に行きたい』と言うと、あっさりOK。その流れで難関私大の付属中学を受験すると、友達は落ちて僕だけ合格してしまいました。そしてエスカレーター式に高校、大学と進みました」(Nさん。以下同)
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     結果的に、大学まではエリート街道を歩んだNさん。しかし時代の波が彼の人生を翻弄する。
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    「大学4年生だった1999年は、就職市場が超氷河期で、思うような企業から内定がもらえませんでした。そこで思い切って司法試験に挑戦することにしましたが、これが大失敗。6回連続で落ちて諦め、講師としてバイトをしていた塾に就職しました。職歴なし、履歴書が空白だらけの私には、選択の余地などなかったのです」
    .

     給料は安かったが、生徒や保護者からの評判はよく、自分では“天職に出会えた”と思っていたというNさん。しかし数年後、母親の愚痴を聞いていると、衝撃的な事実が明らかになった。
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    「父が定年を迎え、母が『これからは生活が大変だ』と言うので、年金をいくらもらえるのか聞いたところ、その金額に絶句してしまいました。父がもらう年金支給額は、私の手取りよりもずっと多かったのです。その瞬間、頭の中でポーンと何かが弾けて、すっかりすべてのことに対してやる気がなくなりました」


    Nさんの父は、輸送系企業の整備士。その会社は後に業績が傾き、企業年金の行方が世間の注目を浴びることになるが、その当時は羽振りよくOBに年金を払っていた。マジメに働いても、手取りが父の年金にも届かないという現実は、Nさんのプライドを酷く傷つけた。
    .

    「父は工業高校卒でしたが、色々なつてをたどって大手企業に潜り込みました。しかし、私の時代は大卒時に一流企業に入れなければ“おしまい”です。卒業する年の就職状況が良いか悪いかは、自分ではどうにもならないギャンブルのようなもの。競馬やカジノなら賭ける場所は自分で決められますから、ギャンブルの方がまだマシかもしれません。
    .

     大学の同級生に話を聞くと、『バブル世代の上司に散々こき使われたのに、いざ自分が部下を抱える身になったら、何をやっても“パワハラ”になる』と嘆いています。本当に損な年代だと思います」
    .

     かくしてNさんは、「自分で稼いだ金ぐらいは自分で使いたい」と、結婚する気はまるで無くなった。すべてを時代のせいにするのは後ろ向き過ぎる気もするが、両親はそのあたりの心境も理解してくれているのか、「結婚しろ」という類のことは一切言わないそうだ。

    マネーポストweb
    1/1(水) 16:00配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200101-00000004-moneypost-bus_all


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    (出典 with-asset.chouseisan.com)



    1 首都圏の虎 ★ :2020/01/01(水) 09:18:45.00

    初詣客第1位、明治神宮創建の頃…

     正月になると初詣に出かける人が多い。

     一般に初詣は正月三箇日にするものとされており、大晦日の夜から神社や寺院に並ぶ人たちも少なくない。

     最近では、警察が初詣客の数を発表しなくなってしまったので、いったいどれくらいの人が初詣に出かけているのか、数が分からなくなった。発表されていた時代、もっとも初詣客を集めていたのは東京の明治神宮で、その数は300万人だった。

     明治神宮は大正9年の創建である。西暦で言えば1920年で、令和2年11月1日には創建100年を迎える。

     明治神宮では、創建当時、鎮守の森ができるよう綿密な植林計画が立てられ、それにそって境内の整備が行われたため、今では立派な森が作り上げられている。そのため、大昔から明治神宮があったかのように錯覚する人たちもいるが、神社としては新しい。

     では、明治神宮が創建する以前、東京の人たちは初詣にはどこへ行っていたのだろうか。

     東京都内の神社で境内がもっとも広いのが明治神宮である。それに次ぐのが靖国神社である。靖国神社は明治2年に創建されているので、明治神宮よりも歴史は古い。

     では、明治神宮の創建以前、東京の人間は靖国神社に初詣に出かけていたのだろうか。第3位は大宮八幡宮だが、広さは靖国神社の約半分しかなく、知名度は低い。

     明治神宮が創建された時代、「初詣という慣習はなかった」が正解である。
    .

    「ゆく年くる年」の創生

     初詣のはじまりについては、新刊の『神社で拍手を打つな! 』(中公新書ラクレ)で述べているので、詳しくはそちらを見ていただきたいが、高浜虚子の句を見ると、そのあたりの事情がよく分かる。

     虚子は正岡子規に師事した著名な俳人で、1894年から1935年までに作った俳句を『五百句』という本にまとめている。

     そのなかで最初に初詣が季語として使われているのは、昭和10年元旦の「神近き大提灯や初詣」の句である。

     これは明治神宮で詠まれたもので、虚子は元旦の午後には鎌倉の鶴岡八幡宮にも初詣し、「神慮今鳩をたたしむ初詣」の句を詠んでいる。

     もちろん、虚子が初詣の先駆者というわけではないが、他の証拠からも、初詣の慣習が昭和初期に生まれたことが分かる。

     これに関連するが、除夜の鐘の慣習も初詣と同じ時期に生まれている。これも、『神社で拍手を打つな! 』で述べた。

     江戸時代には、すでに「除夜の鐘」は俳句に詠まれていた。けれども、除夜の鐘を撞くのは一部の禅宗の寺に限られ、全体には広まっていなかった。

     除夜の鐘が広まったのは、昭和2年からはじまるNHKのラジオ番組「除夜の鐘」を通してだった。この番組は、現在も放送される「ゆく年くる年」の前身である。「ゆく年くる年」の番組に除夜の鐘が欠かせないのも、こうした由来があるからである。

     大晦日に除夜の鐘を聞き、それにつられて初詣に出かける。そうした慣習は昭和初期に生まれたのである

    東京の氏神と新来の氏子

     ではなぜこの時代なのだろうか。ここからは東京に限って話を進めることにする。

     東京の人口が急激に伸びはじめるのは1930年以降のことである。1930年には、23区の人口は約207万人で、それが35年には588万人、40年には678万人に増えていく。わずか10年で3.3倍にまで増加したのだ(浅井建爾『日本全国 地図の謎』東京書籍による)。

     東京で人口が急増した時期に初詣や除夜の鐘の慣習が広まっている。そこには何らかの関係があるはずだ。

    1/1(水) 9:01配信 全文はソース元で
    現代ビジネス
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200101-00069466-gendaibiz-soci


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